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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)1391号 決定

本店所在地

愛知県海部郡蟹江町大字今字川東上一一五番地

大村産業株式会社

大村幸一こと

代表者代表取締役

権元述

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四九年五月三〇日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人郷成文、同石川康之の上告趣意は、憲法一四条違反をいう点もあるが、実質はすべて量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

右は謄本である。

昭和四九年九月二六日

最高裁判所第一小法廷

裁判所書記官 松下好

上告趣意書

被告人 大村産業株式会社

右の者に対する御庁昭和四九年(ア)第一三九一号法人税法違反被告事件につき、左記のとおり上告の趣意を提出する。

昭和四九年七月二九日

主任弁護人 郷成文

弁護人 石川康之

最高裁判所 御中

一、原判決は憲法第一四条の法の下の平等に反するものであり、特に人種差別の禁止に違背する科刑であって破棄されるべきである。

(一) 昨今大商社が数十億という巨額の脱税をなしていたことが国会で明白となり、マスコミを通じて大々的に報道された。しかしこれら大商社の場合には組織が複雑であり、刑事責任を明確にし得ないという理由で行政罰を課したのみで何らの刑責の追求がなされていない。逋脱事犯が大企業には適用されなく中小企業に対してのみ活用されているといわれるゆえんである。

税務警察の運用のあり方はあまりにも片手落である。

このような現実は本件においても十分考慮されるべきであり、いたずらに中小企業のみが多額な罰金刑を科されることは法の下の実質的平等に反し、憲法一四条に反するものである。

(二) 被告会社は、在日朝鮮人により出資され経営されている会社であるが、在日朝鮮人の諸事情を考慮することなく科刑することは実質上の法の下の平等を保障せず、結果的に人種差別を容認することとなり憲法に反するものである。

(1) 在日朝鮮人企業がその経済活動において他から差別され極めて不利な立場にあることはいうまでもないところである。政府系資金の融資から締め出され、一般銀行の信用の供与は薄く、また日常取引においても日本人経営の他企業に比して不利な条件が付されていることは公知の事実である。

(2) また在日朝鮮人に対しての日本人の差別、あるいは基本的人権すら充分に保障しない日本政府の政策は朝鮮人相互の団結を必然的たらしめ、かつ相互援助により生きていかざるを得ず、このため在日朝鮮商工人は多額の出費を要することとなる。特に在日朝鮮人民族教育には相当多額の資金を要し、学校の開設、運営の費用はこれら企業家の負担とならざるを得ないのである。

ここで特に指摘されねばならないのは、在日朝鮮人学校に対して日本政府によるなんらの援助もないばかりか、公立学校に対する寄付金は法定寄付金として全額損金経理を認め私立学校の場合も指定寄付金として損金経理が可能となるのであるが、朝鮮人学校の場合は全く指定がされず損金経理を不可能にしていることである。すなわち、朝鮮人学校への寄付は民族教育のために不可避であるにもかかわらず損金として認められないために過大な納税を余儀なくされ経営が圧迫されることとなっている。

(3) また選挙権はなく、国民健康保険ですらその適用がなかったのであり、税金だけは搾取されそれに対する見返りは全くない。納税意識が稀薄となる必然的な土壤が日本人の側により作り出されていることは明白である。

(4) 而て、右の如き在日朝鮮人企業の納税上の諸事情を全く考慮せず漫然と被告会社に科刑することは、人種差別を刑事上容認することとなり、憲法第一四条に反するものと言わざるをえない。

二、原判決は刑の量定が著しく不当で正義に反するものであり破棄されるべきである。

(一) 被告会社は自発的に修正申告をなし増差税額を納付し国庫の被害は回復している。

被告会社は昭和四八年一月一〇日、査察を受けた事業年度(昭和四四年九月一日~昭和四五年一月三一日-第一期、昭和四五年二月一日~昭和四六年一月三一日-第二期、昭和四六年二月一日~昭和四七年一月三一日-第三期)の法人所得に関して所轄の津島税務署長に対して修正申告書を提出し、かつ同月一六日増差税額を納付している。すなわちこの時点で被告会社の脱税による国庫の損害は回復したものというべきである。

右修正申告並増差税額の納付は、名古屋国税局が検察官に対して告発をなした昭和四八年二月一日以前で、勿論本件公訴の提起がなされた同月二三日前に被告会社が自発的な意思に基づいてこれをなしたものである。

(二) 被告会社の納税は既に正常なものとなっている。

また本件査察は、第一期~第三期の三事業年度にわたってなされているものであるが、第三期事業年度については告発を除外されている。これはこの事業年度については被告会社の逋脱行為が告発するに当らない程度のものであったからである。

被告会社は第三期頃からは従前のやり方をやめ出来るだけ正常な方向に改めつつあったわけで、この点税務当局も認めた結果このような措置となったものと思料される。そしてまた本件査察がなされたのが昭和四七年四月一一日であったが、これに先立つ同年二月一日より始まる第四期事業年度からは取引は完全に公表帳簿に記載され、正常な記帳がなされるようになり、査察当時には普通の納税意識を持ち正常になっていたことには特に留意されるべきである。

而て右のような事情から、通常ならば査察が行われた場合には修正申告ではなく所轄税務署長により更正処分がなされるのであるが、本件の場合には修正申告が容認されたものである。

(三) 被告会社には多額の行政罰が課されている。

被告会社は右修正申告によるも多額の行政罰である過少申告加算税、重加算税が課されその額は脱漏所得金額の三五パーセントの多額にのぼり、被告会社は現在税務当局の了解を得て毎月五〇万円あて分割納付しているものである。勿論、刑事罰と行政罰とは別であり、行政罰が課されれば刑事罰は免除されるべきものであるとは言えないが、このことは量刑に当って十分に考慮されるべきことである。

(四) そして現在経済情勢は激動し、企業の浮沈も極めて激しいものがある。

被告会社が借金により増差税を納付し、分割払とはいえ多額の加算税を支払い、そしてまた民族の相互援助のために出費を負担し、この上多額の罰金を支払わなければならぬとすれば、企業の在立にまで重大な影響がもたらされることとなるであろう。

本税のための借金の返済、延滞税、加算税、罰金等はすべて損金とはならず利益から支出されるべきものとされているので、今後の税金をまるまる支払った上更にこれらの出費が重なることとなるのであるから経営に大きな破綻が生ずることとなる。

被告会社は従業員六〇名前後の小企業であり、材料費、人件費の高騰等経営面の圧迫は厳しいものがある。そして結局経営の破綻は罪のない多数の従業員を路頭に迷わせることとなるのである。

(五) 以上のとおり被告会社には数々の同情すべき点、情状において十分に酌量する余地のある事情、またすでに行政罰が課されていること、支払能力等々勘案すれば原判決は被告会社に極めて過酷な刑罰を科したものであり、その刑の量定は著しく不当でありかつ正義に反するものであって破棄されるべきである。

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